「深夜読書のススメ」その1/2008年のベスト

聖家族

聖家族

 2008年のベストは、と聞かれたら、迷わずに古川日出男の「聖家族」を挙げたい。獣の名を持つ兄弟、鳥の名を持つ妹とその「ばば様」の系譜を中心にして語られる738ページの大作は、読み始めた瞬間から興奮しっぱなしだった。
 舞台となるのは都の鬼門であり、「征夷」される土地である「東北」。天狗の拳として伝わる技を身に付けて自らを武器とした兄弟は、殺人を繰り返して東北6県を逃走し、妹は身ごもった身体で一族の歴史を反芻する。さまざまな声色を使い分けるシャーマン・古川日出男の文章を読みながら、何が潜むか分からない、時間も方位さえも分からない、うっそうとした森を歩くような体験をした。人、人ならぬもの、獣、土地それぞれの記憶の断片。天正年間から平成まで自由自在に行き来しながら語られるのは、東北という「辺境」が「中央」から受けた仕打ちであり、国家のために流されたおびただしい人や獣たちの血であり、地下や異界に封印されたパワーである。その豊穣で暴力的ですらある世界からみれば、「記録に合わせて修正された現実」の薄っぺらさが身に浸みた。
 それにしても、この重量感。町田康の「宿屋めぐり」にしても平野啓一郎の「決壊」にしても、今年面白かった本はみな、分厚かった。大海であっぷあっぷするような、いつまでも終わらないジェットコースターに乗っているような読書ができて、幸せな年でした。
(小野由起子)