書評

きぬえの「本は読みよう」第14回

半年ぶりです。さて、誰にも若いころはさほど気にかけなかったのに、齢を重ねてこそ巡り合うことができた文学というものがあるだろう。私にとってそのような存在のひとつが、田辺聖子の小説である。ある日ある時、本屋でその不思議な語呂のタイトルにつられ…

きぬえの「本は読みよう」第13回

本書は、お経を現代詩に開放した仕事である。作中の「新訳『般若心経』」は、原典「般若心経」のことばが、生きられている現代の詩のことばに結びついた傑作といえよう。お経の解説とも逐語的な現代語訳とも違う、そのこころは、まさしく<いま、ここで>の…

きぬえの「本は読みよう」第12回

ひょんなきっかけから、むしょうに読みたくなる本がある。今回は、1979年に刊行され、2006年に復刊された野呂邦暢の連作の長編小説『愛についてのデッサン』がそれだ。ちょっとしゃれたこの小説のタイトルは、野呂が愛読する丸山豊の詩集『愛につい…

「深夜読書のススメ」その12/「何かが起こった」場所の上で・・・米田知子展図録「終わりは始まり」

本や映画と違って、美術と向き合うためには「わざわざその場所に出かける」ひと手間が必要になる。それで年に何回か、美術館に行くために旅をすることになる。1月20日、法的整理直後の新生JAL日帰りで、横浜美術館と品川・原美術館をはしごした。横浜…

きぬえの「本は読みよう」第11回

ソウル―ベルリン 玉突き書簡―境界線上の対話作者: 徐京植,多和田葉子出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2008/04/16メディア: 単行本 クリック: 4回この商品を含むブログ (11件) を見るこの往復書簡の意外な顔合わせと「玉突き」という風変わりなタイトルに惹…

「深夜読書のススメ」その12/食べ応え十分のフルコース・・・嵐山光三郎「文人悪食」「文人暴食」(新潮文庫)

師走のほぼ半分を、「虎の穴」で過ごした。といってもタイガーマスクとは何の関係もない。来る寅年のお正月に配られる、新聞の別刷り特集を編集する新年号班のことですが。読者や他紙の視線をいつも以上に意識しながら臨む「ハレ」の仕事だからか、この分室…

「深夜読書のススメ」その11/世界には白く光る向こう側がある・・・川上未映子「ヘヴン」(講談社)

ヘヴン作者: 川上未映子出版社/メーカー: 講談社発売日: 2009/09/02メディア: 単行本購入: 12人 クリック: 271回この商品を含むブログ (237件) を見る川上未映子「ヘヴン」の、白い表紙に目が止まった。いじめをモチーフにした小説だという知識はあって、し…

きぬえの「本は読みよう」第10回

小説とは、虚構にすぎないのか、それとも現実を超えるほどの虚構が小説であって、優れた虚構には現実を切り崩す力があるのか、あるいはフィクションにおける真実とはどのような意味か、等々。この小説は、小説とは何かについて書いたメタ小説の一種であると…

「深夜読書のススメ」その10「頑張れー」の声を一身に受けて・・・伊坂幸太郎「あるキング」(徳間書店)

あるキング作者: 伊坂幸太郎出版社/メーカー: 徳間書店発売日: 2009/08/26メディア: 単行本購入: 3人 クリック: 76回この商品を含むブログ (212件) を見る先月読んだ伊坂幸太郎「あるキング」の余韻が、今も消えない。伊坂幸太郎と言えば、今をときめく人気…

「深夜読書のススメ」その9/たぶん今年最大の収穫!・・・平野啓一郎「ドーン」(講談社)

ドーン (100周年書き下ろし)作者: 平野啓一郎出版社/メーカー: 講談社発売日: 2009/07/10メディア: 単行本購入: 33人 クリック: 421回この商品を含むブログ (88件) を見る決してイケメン贔屓ではないけれど、キラキラした才能にあのルックス、作家・平野啓一…

番頭の「橙書店で売っていた」(その7)

そんなわけで、8周年だと気付かないままorange/橙書店に行った21日の番頭ですが、今、店主一押しの薬屋のタバサ作者: 東直子出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2009/05メディア: 単行本購入: 1人 クリック: 9回この商品を含むブログ (24件) を見るをチョイス…

きぬえの「本は読みよう」第9回

村田喜代子の小説は、いつも新しい世界の見方で読者を楽しませてくれる。日常の中に異空間を作り、そこに人の世にある、どうしようもない普遍をユーモラスに描く作家だ。『ドンナ・マサヨの悪魔』も然り。ドンナ・マサヨの悪魔作者: 村田喜代子出版社/メーカ…

「深夜読書のススメ」その8/死ぬのが怖くなくなる場所・・・よしもとばなな「まぼろしハワイ」(幻冬舎)

それまであまり興味がなかったのに、きれいな海と色鮮やかな花が見たくなってハワイへ出かけたのが3年前。その1回で、すっかりとりこになった。町に流れる空気が心地よいし、波の音を聞きながら暮れていく空を眺めていると、今こうして生きて、やがて死ん…

番頭の「橙書店で売っていた」(その6)

1Q84 BOOK 1作者: 村上春樹出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2009/05/29メディア: 単行本購入: 45人 クリック: 1,408回この商品を含むブログ (1247件) を見る橙書店は開店当初から村上春樹が充実しているのです。『1Q84』も初版が入っていました。すぐ売り切…

きぬえの「本は読みよう」第8回

1960年前後から、近代家族を描いた小説が目につくようになった。サラリーマンの夫と専業主婦の妻に、子ども二人を標準とする日本型近代家族が一般化したのが、高度成長期だったからだ。女たちは、男女平等を掲げた戦後をいわば新しい<良妻賢母>規範で…

深夜読書のススメ」(番外編)/娘が涙を拭いてくれるから…「今田淳子展」〜8月2日、熊本市現代美術館

(いつも最近読んだ本について思ったことをつづっているけれど、今回は大切な友人であり、尊敬するアーティストである今田淳子さんの展覧会について書きたい。1971年熊本市生まれ、ミラノ在住。誰よりも正直で豪快な笑顔が似合う、美しく魅力的な人だ。) 春…

きぬえの「本は読みよう」第7回

金井美恵子の中には、批評家と小説家が同等に住まっている。ふと頁を繰り始めたエッセイ集『目白(ひびの)雑録(あれこれ)』(II、IIIも続刊)が爽快で、前に読んでわかっているにもかかわらず、たとえば、男の作家・文芸批評家が富岡多恵子の小説に登場すると…

「深夜読書のススメ」その7/ブームが出会いになればいい…いとうせいこう・みうらじゅん「見仏記 ゴールデンガイド編」

5月にアマゾンで頼んでおいた村上春樹の「1Q84」が届くまで、ずいぶん時間がかかった。落ち着かない気持ちで本屋に出掛けたら、「仏像コーナー」ができていた。空前の仏像ブームなんだそうである。東京国立博物館の薬師寺展や阿修羅展が大入り満員になり、…

番頭の「橙書店で売っていた」(その5)

新版 恐竜の飼いかた教えます作者: ロバートマッシュ,Robert Mash,Richard Dawkins,新妻昭夫,山下恵子出版社/メーカー: 平凡社発売日: 2009/03/01メディア: 大型本 クリック: 41回この商品を含むブログ (12件) を見る実は店主は恐竜が好きなんだそうです。し…

きぬえの「本は読みよう」第6回

高群逸枝といえば、なんといっても日本で女性史学を樹立しようとした最初の人、のイメージが強い。家父長制家族制度が有史以来からあった日本の誇るべき習わしだという通説を覆すべく立証するために、昭和6年、世田谷の「森の家」に蟄居してから死を迎える…

「深夜読書のススメ」その6/阪神タイガースとオダサク…織田作之助「世相/競馬」(講談社文芸文庫)

実は、阪神タイガースのファンなんですわ。どこぞのオレンジ色の常勝球団なんかと違って、愛嬌があるじゃないですか。亡き父も、野球中継を聞きながら「六甲おろし」を熱唱するトラキチ。子どものころ「阪神のどこがそんなにいいの」と尋ねたら「5連勝した…

きぬえの「本は読みよう」第5回

<女性文学>という言葉が、<女流文学>という規定のされ方に異議申し立てをして活字媒体に現れ始めてから、20数年が過ぎる。女性特殊の表現ジャンルであるかのように分類された<女流>の成立は、明治30年代から40年代にかけてとみられている。<王…

「深夜読書のススメ」その5/「神様」が教えてくれたこと…高橋源一郎「大人にはわからない日本文学史」

この人の本を読んでなければ、私の人生、少し違った色合いになったかもしれない。それほど作家・高橋源一郎は、私にとって大きな存在だ。最初に目にしたのは朝日新聞の文芸時評あたり。それからデビュー作の「さようなら、ギャングたち」などを読み始め、周…

番頭の「橙書店で売っていた」(その4)

エプロンメモ作者: 大橋芳子出版社/メーカー: 暮しの手帖社発売日: 1984/01/01メディア: 単行本購入: 3人 クリック: 17回この商品を含むブログ (31件) を見る子どものころ、母が、鰹節にチーズを加えたものを入れたおにぎりを作ってくれました。美味しかった…

きぬえの「本は読みよう」第4回

パルタイ (新潮文庫)作者: 倉橋由美子出版社/メーカー: 新潮社発売日: 1978/02/01メディア: 文庫購入: 2人 クリック: 22回この商品を含むブログ (39件) を見る 倉橋由美子の短編「パルタイ」は、読み返すたびに、新しい解釈ができる刺激的でおもしろい小説だ…

「深夜読書のススメ」その4/そうだ、京都行こう…森見登美彦「きつねのはなし」   

春の訪れとともにどこかに出掛けたくなった。昨年末からこの方、何かとせわしなかったから、ゆっくり気持ちがほどける場所がいい。真っ先に思いついたのが京都。のんびり街歩きを楽しみたい。昨秋、金閣寺と銀閣寺に行った7歳の娘も一人前に「京都はおもし…

番頭の「橙書店で売っていた」(その3)

井上雄彦ぴあ (ぴあMOOK)出版社/メーカー: ぴあ発売日: 2009/03/12メディア: ムック購入: 5人 クリック: 20回この商品を含むブログ (32件) を見る井上雄彦展@熊本、盛り上がってまいりました。この『ぴあ』は残念ながら橙書店では取り扱っていませんが、以…

きぬえの「本は読みよう」第3回

最近、必要があって「女性と高等養育」をテーマにした学術書を読んだ。ヨーロッパ諸国と日本を舞台に、19世紀半ばから20世紀前半にかけて、女性が高等教育に進出した歴史的経緯を捉えた論文集だ。それらに触発されて、直観的に2冊の本が私の頭の中に浮…

「深夜読書のススメ」その3/クレスト・ブックスのはしご…イーユン・リー「千年の祈り」ほか

新しい本を手に取る瞬間は楽しい。しかし無数に並んだ本を吟味して、家へ連れて帰るメンバーを選ぶのはなかなか難しい。特に未知の作家の場合は…。そんなとき、絶大な信頼を置くのは、新潮社のクレスト・ブックス。海外の小説、ノンフィクションを扱うシリー…

番頭の「橙書店で売っていた」(その3)

生きることを学ぶ、終に作者: ジャック・デリダ出版社/メーカー: みすず書房発売日: 2005/04/22メディア: 単行本購入: 4人 クリック: 15回この商品を含むブログ (33件) を見る橙書店には、みすず書房の本がたくさんおいてあって、硬派な思想書もあります。 …