きぬえの「本は読みよう」第12回
ひょんなきっかけから、むしょうに読みたくなる本がある。今回は、1979年に刊行され、2006年に復刊された野呂邦暢の連作の長編小説『愛についてのデッサン』がそれだ。ちょっとしゃれたこの小説のタイトルは、野呂が愛読する丸山豊の詩集『愛についてのデッサン』からとったものだ。丸山豊(1915−1989)は久留米市に在住する医師であり、詩人でもあった。彼が主宰した詩誌『母音』からは、谷川雁、森崎和江、安西均、川崎洋らが育っている。
- 作者: 野呂邦暢
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 2006/06/20
- メディア: 単行本
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- 作者: 丸山豊
- 出版社/メーカー: 創言社
- 発売日: 1987/11/01
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小説のサブタイトルにいう佐古啓介の「旅」は、おそらく啓介が古本屋の主人として成熟していく道しるべの意味であろう。「売れるものならなんでも売ろうとは思っていなかった」啓介の志が、いつしか「株式仲買人とさほど違わないものの考え方」に染まっていることに気づかされる苦い思いを扱った「若い砂漠」の一篇は、圧巻といえよう。打算と名誉欲の虜になった芥川賞ねらいの才走った若い男の空虚さに、屑屋になったもと小説家の老いた男が安西均の詩集を買い求める古本屋での光景を対比させ、心に響く。
それにしても、啓介の妹友子の主人公に都合のいい役回りといい、男女の関係といっても「女の気持ちというものは永遠に謎」式の男のロマンを投影する角度からの女性像には、あなたもかと思わないわけではない。が、これだけの手ざわりのある小説を書く野呂邦暢の四十二歳での早すぎる死が惜しい。みすず書房からの復刊は既に品切れである。(谷口絹枝)