「深夜読書のススメ」その6/阪神タイガースとオダサク…織田作之助「世相/競馬」(講談社文芸文庫)

実は、阪神タイガースのファンなんですわ。どこぞのオレンジ色の常勝球団なんかと違って、愛嬌があるじゃないですか。亡き父も、野球中継を聞きながら「六甲おろし」を熱唱するトラキチ。子どものころ「阪神のどこがそんなにいいの」と尋ねたら「5連勝した翌日から8連敗してみたり、10点差で負けてる試合の8回に7点取り返したりするところ」と言った。いや、よく分かります。勝てばうれしく、負けてもにくめない。応援しがいがあるんです。昨年は目前でリーグ優勝を逃し、今年もアップアップしてるけど、私の鳥谷が、“守護神”藤川が、優勝へ導いてくれるはず。そして頼りになる金本のアニキ、タイガースを任せたで。

大阪と言えば織田作之助である。10代は太宰に惹かれ、引き続き20代は安吾をむさぼり読んだけれど、同じ無頼派でも織田との出会いは遅れて30代に入ってからだ。ところどころに大阪弁を交えた文章の、心地よいリズム。ひとに惚れる嫉妬する、闘病する、金に苦労する・・・ひょうひょうとした筆致でつづられる生身の心情。その作品には移ろいやすい世間の喜怒哀楽と、愛嬌が詰まっている。大阪の盛り場を通り過ぎる人々に頭をなでられ、澄んだ目で見つめ返す小さな捨て犬のような作家。オダサクの描く人間の強さ、いじらしさに共感できるようになるには、私には少々時間が必要だったのかもしれない。

短編集「世相/競馬」は、そんなオダサク・ワールドが楽しめる一冊で、何度も読み返している。温泉の宿で隣りあった男にお互いの悪口を言い合う夫婦(「秋深き」)、妻の過去の男への嫉妬から競馬に溺れる男(「競馬」)などを読み、人という愚かな生き物に対する、切ないような愛着を確認する。「人物を思想や心理で捉えるかわりに感覚で捉えようとする。左翼思想よりも、腹をへらしている人間のペコペコの感覚の方が信ずるに足るというわけ」(「世相」)。形骸化した価値観やイデオロギーへの懐疑と人への信頼を持ち、世間の流れに身を置きながら人間を見つめる視線と、表現への希求は揺るがない。そんなオダサクは、私にとっては永遠のアニキだ。・・・気がつけば33歳で没したオダサクの歳を、とっくに追い越してしまったなあ。(小野由起子)

世相・競馬 (講談社文芸文庫)

世相・競馬 (講談社文芸文庫)