「深夜読書のススメ」その9/たぶん今年最大の収穫!・・・平野啓一郎「ドーン」(講談社)

ドーン (100周年書き下ろし)

ドーン (100周年書き下ろし)

決してイケメン贔屓ではないけれど、キラキラした才能にあのルックス、作家・平野啓一郎から目が離せない。昨年の重厚な長編「決壊」に続く新作は、なんとSFだ。2033年、有人宇宙探査船「DAWN」で人類初の火星飛行を成功させ、世界的英雄となったNASAの宇宙飛行士、佐野明日人。しかし極限状態の機内では、ある事件が起きていた。大統領選の真っただ中のアメリカに帰還したクルーたちは、喝采とスキャンダルに巻き込まれていく…のだが、舞台となった近未来社会の設定があまりにもリアルで、フィクションであることを忘れて引き込まれた。宇宙をしのぐほどのサバイバル能力が必要なのではないかと思える、「現在」とは地続きの、約20年後の世界。

その社会では、個人は接する相手によってさまざまな顔を持つ分人dividualの集合体であると考える「分人主義」が浸透している。さまざまな顔を持つ個人の、まさに「顔」を認証させ、世界中の監視カメラの映像から検索し、一覧できる≪散影≫システムも張り巡らされている。その追跡を逃れるために自由自在に顔を変える可塑整形技術や、ネットを中心に広がる無領土国家「プラネット」が存在し、テロとの戦いで巨大化した軍事産業を支えるべくアメリカは東アフリカで「悪との戦い」を続け、非正規の派遣戦士が投入されている。有人飛行2年半の留守に耐えなければならなかった明日人の妻・今日子は、東京大震災で亡くなった2歳半の息子・太陽の遺伝子情報をもとに作られ、成長していく幽霊のような3次元画像AR(Augmented Reality)とともに暮らしている・・・。テクノロジーと情報で窒息しそうな日常を、ごく当たり前のこととして生きている人々。そしてストーリーの中軸には、東アフリカでの戦いを論点とした大統領選があり、登場人物たちはそれぞれの「決断」を下していく。

選挙というのが象徴的だが、情報にがんじがらめになっている人間が一歩を踏み出すために必要なのは、決断なのだと思う。自分にとっての正義とは何か。自分は何を信じるのか。誰を守り、愛し、誰とともに生きるのか。自分にとっての真実を手にするために、犠牲にしなければならないものの大きさに苦悩する人々の姿に、共感する。辛く苦しい道でも、「こう生きたい」という道を選択できるのは、自分ひとりだけだ。前作「決壊」では、情報に翻弄され崩壊していく人々の姿に自分を重ね合わせるしかなかったが、さらに時が流れたこの近代化小説で描かれるのは「社会がどれだけ複雑になろうとも、人生は自らの手で動かしていける」という希望だ。その選択は、閉塞感の向こうに広がる荒野の険しさとともに、すがすがしさをも感じさせてくれる。その上、退屈知らず、加速して読んでしまう493ページ。まだ秋だけど、やはりこの1冊は今年最大の収穫!(小野由起子)