「深夜読書のススメ」その4/そうだ、京都行こう…森見登美彦「きつねのはなし」   

 春の訪れとともにどこかに出掛けたくなった。昨年末からこの方、何かとせわしなかったから、ゆっくり気持ちがほどける場所がいい。真っ先に思いついたのが京都。のんびり街歩きを楽しみたい。昨秋、金閣寺銀閣寺に行った7歳の娘も一人前に「京都はおもしろい」と言うので、急きょ2泊3日の家族旅行を仕立てた。
 それにしても、京都ほど心を惑わせる街はない。シックでおしゃれなもの、かわいいもの、おいしいものがあふれ、建築や美術工芸、自然の美しさは超一級。何より街に流れる空気に魅力がある。京都を舞台にした森見登美彦の小説にはその独特の雰囲気がうまく描かれていて、どの作品を読んでも京都熱が高まる。桜の京都へ行くと決めたらうれしくなって、早速、未読だった「きつねのはなし」を買ってきた。

きつねのはなし

きつねのはなし

 和紙で作った狐の面、柿の中でとぐろを巻く龍の根付、町をうろつくケモノ、古い邸宅の庭の社に封じられていた水神。それらをモチーフにした奇談集である。同じ古道具屋や骨とう品で緩やかにつながる4編は、あの世とこの世の境目が分からなくなるたそがれ時のような、あやうさに満ちている。そのあわいに、千年という時間をいまなお生き続ける化け物のような「京都」が見える。自らの語る嘘に飲み込まれ、「自分は空っぽのつまらない人間だ」と語り、失踪する大学生が出てくるのは「果実の中の龍」。京都という場所はそのすべてで、人間の小ささと切なさを教えてくれる。そして、ヒトはその細い生を一生懸命つむいで、これだけ豪華けんらんな都をつくってきた、ということも。だからこそ京都は、多くの人をひきつけてやまないのかもしれない。
 だから都合よく、物欲にまみれる自分も肯定してしまう。スタイリスト・伊藤まさこの「京都てくてくはんなり散歩」には、かわいいとおいしいがいっぱいだ。グニャリとした時のひずみとシックな暮らしが共存する京都に、ああ、早く行きたい。(小野由起子)
京都てくてくはんなり散歩

京都てくてくはんなり散歩