「深夜読書のススメ」その3/クレスト・ブックスのはしご…イーユン・リー「千年の祈り」ほか

新しい本を手に取る瞬間は楽しい。しかし無数に並んだ本を吟味して、家へ連れて帰るメンバーを選ぶのはなかなか難しい。特に未知の作家の場合は…。そんなとき、絶大な信頼を置くのは、新潮社のクレスト・ブックス。海外の小説、ノンフィクションを扱うシリーズで、ベテランから若き作家まで、読みやすい秀作を用意してくれている。加えて、装丁が上品で美しい!

見知らぬ場所 (新潮クレスト・ブックス)

見知らぬ場所 (新潮クレスト・ブックス)

クレストで「停電の夜に」「その名にちなんで」を読んだジュンパ・ラヒリの新作「見知らぬ場所」(もちろんクレスト)を買いに行く。並びにあった、それぞれの作家をイメージした小石を散らした表紙にひかれて、短編集「記憶に残っていること」も買って帰る。信頼のクレスト、しかも大好きな堀江敏幸セレクトだけに、どれも香り高いフレーバーティーのような味わい深さだ。中でも1972年生まれの中国人作家イーユン・リーの「あまりもの」が素晴らしくて、デビュー短編集「千年の祈り」(これも…)も買ってしまう。
千年の祈り (新潮クレスト・ブックス)

千年の祈り (新潮クレスト・ブックス)

北京五輪の熱狂の合間に、テレビでも垣間見ることがあった中国の暮らし。政治や資本、伝統によって決められたルールの中で、じっと耐え、時に感情を爆発させながら生きる市井の人々。作品世界に流れる空気が少し前の日本を連想させるからか、ああこんな人知ってる、その気持ち分かるよと、呟きたくなるほどリアルだ。代々宦官を送り出し、また「独裁者」とうり二つの男を生みだした「町」が主役の小説(「不滅」)もある。
リーは今、伊藤隊長の本拠地と同じカリフォルニア在住。ネット社会で人と人が近くなったというけれど、本当にそうなのだろうか。大切に思う人や場所と離れている作家だからこそ、関係というもののかけがえのなさを描けるのだという気がしている。(小野由起子)