「深夜読書のススメ」その12/食べ応え十分のフルコース・・・嵐山光三郎「文人悪食」「文人暴食」(新潮文庫)
師走のほぼ半分を、「虎の穴」で過ごした。といってもタイガーマスクとは何の関係もない。来る寅年のお正月に配られる、新聞の別刷り特集を編集する新年号班のことですが。読者や他紙の視線をいつも以上に意識しながら臨む「ハレ」の仕事だからか、この分室には同僚から大量の差し入れが届く。また煮詰まりがちな頭に風を吹き込み、班の結束を固めるという理由からメンバー4人でランチを食べに行くのがならわしでもあり・・・毎日が「美食倶楽部」となるのであった。例えばある日のお昼は辛口マーボー豆腐定食。ご飯お替り、担担麺と激辛四川麺もシェアしてパンパンに膨らんで職場に戻るとシュークリームが「本日中にお召し上がりください」と待ち受けていた。間髪いれずに伊勢土産の赤福までやってきたりする。毎日積み上がっていくおかき類、ポテチ類、ポッキー各種、天津甘栗お徳用、イカ天スナックお徳用などなどの袋菓子に加え、タイ焼き、激甘クッキーなどなど、もはや口にした食べ物の量は把握しきれない。甘いものは好きだが、通常は健康的に手作り弁当派。最初は食べる行為に疲れて憔悴しきっていたが、体重が2キロ増えるころになると「何でも食ってやる」という好戦的な心持ちにすらなるのだから、飽食とは恐ろしい。
生きるためについてまわる「食べる」という行為。人間だれしもが行う当たり前のことなのに、食の風景には個性がにじみ出る。嵐山光三郎の「文人悪食」は漱石はじめ樋口一葉、北原白秋、谷崎潤一郎、芥川龍之介、坂口安吾、太宰治といった37人の食卓を紹介している。鰤の照り焼きが好物という芥川は飽食を嫌悪し、耽美派の谷崎はこってりヌラヌラした美食の享楽と退廃を味わいつくした。「食物異常嫌悪」という強迫観念からおぞましい食事シーンを描きつづけた泉鏡花の好物は、夫人が漬ける「羊羹のように透き通った梅干し」だったそうだ。ひときわ胸に染みたのは、友人として安吾、太宰の狂気の面倒を見ながら自らの「生理的な痛み」を慰安するために料理を愛した壇一雄だった。料理は生きるすべであり娯楽でもあると同時に、自己救済でもある。綿密な調査からひも解かれていく作家の食は、文学、作品の本質とそのまま直結している。また食を囲む家族の存在も浮き彫りにする。作品論であると同時に、わたしたちと同じ「もの食う人々」である文士の素顔が垣間見えるこの本は、食べ応え十分のフルコースだ。
- 作者: 嵐山光三郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2000/08/30
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