「深夜読書のススメ」その2

夜勤を終えて、家族が寝静まってから本を読む。飲みに行くのより、DVDを見るのより、私にとってそれがいちばん心落ち着く時間の過ごし方です。暗さと冷え込みはアラフォーの肉体には厳しいけれど、思考や感情をやさしくやわらかく包み込んでくれます。
昨年末に伊藤隊長から、過分のご紹介*1をいただいた小野由起子です。夜勤メーンの仕事の傍ら、純粋な趣味として読書を楽しんでいます。隊長からのお誘いに応えないわけにはいきません、私が深夜のひとときにいとおしむように読んでいる本を、月に1冊のペースで紹介させていただきます。       

人は寂しいくらいがちょうどいい  

堀江敏幸「未見坂(みけんざか)」

未見坂

未見坂

 ページをめくるたびに、新しい風景が広がっている。それが楽しくて本を読んでいるはずなのに、大好きな作家の一人である堀江さんの魅力は、ちょっと違うところにあります。決して華美ではない古い家具を前に、その来歴に思いをはせるのに似ているかもしれません。目の前にある、ありふれた景色に刻まれてきた時の質感を、静かに味わいたくなるのです。
 名作「雪沼とその周辺」に続く短編集「未見坂」もそんな堀江さんらしい、清潔なきらめきをもった作品でした。登場するは、田舎でも都会でもない地方の町と、そこでつつましく暮らす人々。共通点といえばだれもが、両親が離婚しそうだったり実の父や義理の母を亡くしたばかりだったり、欠落を抱えていること。そう、私たちと同じ、ごく普通の人たちです。
 毎日の中で折に触れ、主人公たち(そして私たち)はその欠落を見つめます。手作りの団子やプリン、電灯に付いた小さななつめ球にまつわる、ささやかなドラマ。それらは何かが「足りない」今だからこそ、より鮮やかに喚起されるのです。自分と、自分を取り巻く人たちが重ねてきた記憶を反芻しながら暮らす、生きることとはきっと、そうやって細々と、しかし確かに続いてきた営みではないでしょうか。
 後ろ向きにならず、しかし大切なものとのつながりを見失わない。一見簡単そうに見えるけどそれがいちばん難しいんだよなーと思いながら続けて手に取った川上弘美さんの「どこから行っても遠い町」も、同じような小さな町の物語。こちらもおすすめです。今年最初に読んだこの本の、最後のひと言に、心の底から励まされました。(小野由起子)
どこから行っても遠い町

どこから行っても遠い町