助手による受講生のための予習メモ(8月) その3

南京の基督

南京奇望街のある家の一間に、色の蒼ざめた支那の少女がいました。
彼女は夜々部屋に客を迎える私娼。
歳は十五。
稼いだ金で、老いた父親を養っています。
ところが、あるときから悪性の梅毒を病んでしまいます。
友人は「客に移せばきっとよくなるから」
と勧めますが、敬虔な少女は客をとらなくなってしまいました。

部屋の壁には小さな真鍮の十字架。
十字架の上には、高々と両腕を広げる受難の基督。

ある夜、見慣れない外国人が彼女の部屋を訪れます。
指で値段の交渉をはじめる客。
どんなに指の数が増えようと、笑って首を振る少女。
そのとき、どういう拍子か突然壁の十字架が落ちて――


「ここで終わればハッピーエンドなのに!」
と、思わず突っ込んでしまった方もきっと少なくないはず。
その感情を抑えて、冷静に小説技法としての効果を一緒に考えませんか?


初出:「中央公論」1920(大正9)年7月